偽物

悲しいかな、お妃の端正な造りの顔は今やすっかり醜い。
直視できないほどに、美貌が憎悪に毒されている。
わたしはきっぱりと毒りんごづくりには協力できないと宣言した。
すると、お妃はにやりと笑い、射すくめるような笑みを返してきた。

ひとつあげるわよ、必要でしょう?と。
どきりとした。
凍りつく心臓。
時の流れが止まる。
黙ってうなずくわたし。
そうして毒りんごを手に、実家の城へと戻る。
途中、家事が大好きなお姫様は、自分を待つ運命も知らずに愉快に踊っていた。
だが確か、おとぎ話では仮死状態に陥るも、満を持して現れた王子様の接吻で目覚め、めでたしめでたしだ。
ふんっと鼻を鳴らす。
幸せなカップルなんてクソくらえ。
お城へ戻ると、これまた幸せを絵に描いたようなふたりが、バルコニーで民衆たちに手を振っていた。
あでやかな花嫁と凛々しいい王子。
わたしはむらむらと怒りがこみ上げた。
あの場所、あの立ち位置、あのセンターでお手振りをしているのは、わたしだったはず。
王子の腕に手をかけ、しとやかに寄り添うのは私だったはず!。
握りこぶしをつくりかけ、はっと気づく。
そう、毒りんご。
魔女がわたしを見込んで差し出した、あのわたしたち合作お手製の毒りんご。
ふと見るとカラスが群れを成して飛んでいる。
奴らは異常に頭がいい。
石など投げつけようものなら、顔を覚えたうえで、頭上から石を狙い落してきたりする。
ここで私はある実験をしたくなった。
カラスが毒りんごを食べて死んだなら?奴らは私との因果関係を認められるだろうか?。
コロコロとカラスに向かって毒りんごをアンダースローで投げる。
すると、ぱくりっと一匹がすかさず口に含む。
が、さすがはカラス。
バルコニーの上、姫の真上で不味そうにぺっと吐き出したのだ。
はからずもその林檎の破片は、民衆に微笑を浮かべ、投げキッスをふるまっている姫の口に命中した。
とたん、ぱたりと姫は倒れた。
「姫!」王子が抱き起し、揺さぶるが姫はもはや息をしていない。
ああ、そこでは接吻しないと姫は生き返らない。
知っているのはわたしだけ。
誰も毒林檎が姫の口に入った事実をご存じない。
私は仁王立ちになり、堂々とした声で叫ぶ。
「その女は偽物よ!」。