勝気な私はどうしても、彼女の鼻をあかしてやりたかった。
「今から行っていい?」。
湿っぽい彼の声。
あの昼以来、ずっと逢瀬を重ねている。
人のダンナ様を盗るなんて。
私は唇を噛みしめた。
でも、頭とは体は裏腹だった。

彼女は今頃子どものサッカー教室に行っている。
うちはダンナが子どもを水泳教室に連れてっている。
この二時間弱。
隣同志だから、ベランダ沿いにこのことを知った。
最初は、ベランダ沿いに話をした。
「いいお天気ですね」とかそんな感じの。
次第に仲良くなった。
郷里が同じということ、共通の知人がいることで盛り上がった。
で、その知人の載ってるアルバムを見に来ない?とある日彼から誘った。
最初は何の警戒心もなかった。
けれどアルバムを覗きこんでいると、背後から彼が唐突に被さってきた。
耳たぶを噛みながら、ずっと好きだったと言う。
これは嘘だ。
知りながらも、私達はフロアにもつれ合った。
彼はだんなと指が違った。
繊細に大胆に。
こんなに体の合う人を、私は他に知らない。
そんな関係が、もう半年も続いている。
それは東京で初雪の降る日だった。
彼と彼女の家族が車でどこかへ出かける様子だ。
このマンションの車庫は機械式だった。
故障が最近報じられた海外メーカー式で、住民一同心配している。
5階の廊下から、彼らが車庫を開ける操作中なのが見える。
彼の指が車庫の操作ボタンを押している。
幸せそうな家族そのもの、と私は見つめた。
ところが、彼の体が車庫のゲートをくぐったその瞬間、精密なはずの機械に狂いが生じた。
彼の首元をめがけて、金属製のゲートがギロチンさながらに直下した。
上がる悲鳴。
流れる鮮血。
命に別状はなかったが、指を何本か切断したらしい。
あんなにも巧みに私を愛撫したあの指は、もういない。