師匠
ある日、珍しいことに彼が自分のデスクまで私を手招きした。
で、即座に応答すべく参上する。
機敏な人には機敏に対応せねば。
でも何かつまらない書類を見せられただけ。
左手の指輪のない薬指で書類を指し示される。
ああ、独身ですよ、のアピールね。
ご丁寧に指の付け根の毛まで剃っている模様。
つるつるでお手入れが行き届いている。
で、数日後。
いや、わずか2日後だったかもしれない。
通りすがりに呼び止められ、彼のデスクの左真横に立つ。
またも左手で、なにか書類を指された。
その途端、私は負けた。
目に映った彼の指の根本からは、長く黒々と立派な指毛が勢いよく生えていた。
わずか2日で。
私は思わず目を伏せた。
やられた。
完全にやられた。
このエロスは際際しい。
これを即座に感づく自分の敏感さが恨めしい。
女性の指毛はそんなに早いスピードでは到底生えない。
唐突に露わにされる性の違い。
この平凡な2日の間にも、彼の男性性は萌えて脈打っている。
顔が火照り、制服の下の密やかな付け根が急激に血流を早める。
そうきたか。
風紀委員長的な彼がこれをやるのは、卑怯というもの。
彼のデスクから自分の座席まで正常に戻れるだろうか?自信がない。
膝が微かに震えて、ゆっくりしか歩けない。
真っ赤に火照る頬。
私の座席は彼とは少し離れた、向い合わせの配置だ。
だから否が応にも、勝ち誇った彼の表情が目に入る。
周囲から見れば、まるで彼が私にポルノでも見せたかのような。
でも見せられたのは、まったく業務上の書類。
面を伏せ、恥じらい、しなだれる女性がこの私。
恥ずかしくて到底顔があげられない。
この突如襲われた征服されたい欲求。
脈があがる。
鼻血を噴出してしまうかもしれない。
紛れないM気質の私に、このエロスは悶絶ものだ。
彼を師匠と仰ぎたい切なる望みがふつふつと泉のように湧きあがる。
でも、こんなひ弱な私では彼には通用しない。
強い人には強い人間でなければならないのだから。